危機の時はちょっと立ち止まって

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キリストの中で完全な教会(2)

さまざまな 道に立って眺めよ。昔からの道に問いかけてみよ。どれが幸いに至る道かと。その道を步み、 魂に安らぎを得よ。(エレミヤ書6:16)

しばらく立ち止まって、主の呼び掛けに私たちの焦点が正確に合っているのか。神様の呼びかけを完全に理解して目線を変えず、妥協せず、変質せずに正しく立っているかを調べなければならない。

危機に瀕した教会が一番先に調べなければならないことは、神様が保障してくださったその心強い基礎の上に立っているのか! もしかして砂の上に家を建てていないか! ということだ。 主は砂の上に家を建てるな! 言われる。福音を聞いてその福音を行わない者は、必ず砂の上に家を建てる者のように愚かだから危険な目に会えばその基礎が明らかになって激しく崩れると主は言われた。

私たちの人生も同じだ。主は「拠り所がこわされたら、正しい者に何ができようか」(詩篇11:3)おっしゃる。自分の人生を耐えて頼りにしている居場所がどんなものなのかを見なければならない。自分の人生、自分が主人になって頼りにして、何らかを基盤にした人は、それが崩れれば終わりだ。ところが義人は言う。「すべてが揺れる日、拠り所が崩れれば私の避難所である主のところに駆けつけろ。’

自分の人生の拠り所を今どこに置いたのか!教会は果たしてどこに立っているのか!世の中の世論、思想哲学、あり集団の教権という場所に立っているのか!

主は教会をそのような場所に建てたことがないと言われる。教会の敷地は永遠の岩であるイエス·キリストである。イエス·キリスト以外の何も教会の敷地にはなれない。教会はただイエス·キリスト、その十字架福音の敷地に立っている。神様が夢見る教会は建物や組織ではなく、まさに神様の呼び出しを受けた群れ、すなわちイエスキリストの十字架を通じて神様の聖なる子供に生まれ変わった神様の民たちだ。そして一人一人を呼んだビジョンの最後は「すべての人を キリストにある成人として 立たせるためです。」(コロサイ人への手紙1:28)と言われる。

神様が夢見る教会は十字架に生まれ変わった民たち

教会は生命力のある、頭になったキリストの体になった生命の有機的共同体だ。キリストの生命力が各肢体ごとに流れ、すべての肢体の中にイエスの生命が充満して育ち、キリストの成長した分量に至るまで、キリストの中で完全な者として一人一人が建てられるのが教会を呼んだ神様の呼びかけだ。もしかしてこの目標を逃しているのではないか! 果たして韓国教会の聖徒たちは、この呼び掛けの目標にふさわしいように、その目標に向かって育っているのかを見なければならない。

真の信仰で生きている新しい被造物となった聖徒で構成された聖なる教会、世の中と罪悪に勝って、自分に勝って、最後の勝利を勝ち取る神様の聖なる主の教会! これがまさに教会に対する神様の呼びかけである。 (2018年7月) <続き> [福音祈祷新聞]

キム·ヨンイ宣教師(巡回宣教師。LOGミッション代表)

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