“愛を奪われた教会は怪物になる”

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永遠な愛の福音(4)

サタンの攻撃ポイントは正確である。ずばり、教会の愛を奪って、汚されて、嘲笑うことであるのだ。500年前の中世の教会は、財力、建物、権勢、華麗な儀式などを溢れるほどに持っていたが、十字架と復活の福音の核心を放り出して、サタンに愛を奪われた結果、中世を暗黒に追い詰める元凶になった。
当時に起きたあらゆる革命と時代を支配していたイデオロギーは中世を暗黒に追い詰めた教会の堕落に対する反作用だったと言っても過言ではない。宗教的な儀式、華麗な建物、緻密な神学があっても愛を奪われたら教会は化け物になる。キリスト教2000年の歴史はあきれるほどにこのことに証言している。  
一時期、改革の‘主体’になって、残酷にアハブ家を滅ぼしたイエフは、後になって自分が改革の‘相手’になった。歴史の中でこのようなことはいくらでもある。‘正義’と‘平等’というもっともらしいことを前に立てているが、愛のない改革は結局‘自己の貪欲’という迷宮入りになるのだ。‘愛’をなくしたまま、挫けられて、変形された真理をもって取り組む改革は、改革を訴える人たちくを怒り、集団狂気、残酷、傲慢に導くだけだ。
マルティン・ルターの宗教改革の火はスイス、英国、オランダ、イタリーなどのヨーロッパに広がった。しかし、愛のない改革がどんな結果を生んだか、教会がどんな目にあったか、私たちはしっかりと覚えている。教理的な真理は回復しだが、真理の生命である愛を失くした教会は宗教改革の素晴らしい栄光を遺産にしてもらったけど、魂のない神学、バリサイ的な偽善、生命のない宗教的な儀式に占領されてしまった。
本当に悲しいことに、今の西欧の改革主義教会は骨しか残ってない。韓国の教会も安心できない危機の前に立っているのだ。
福音は決して死んだ理論ではない。福音はイエスキリストであるのだ!イエスキリストは生きておられる神様である。今の知性主義に汚れた者たちが従順もしないでカッコいい思辨的な福音だけを追求しているのを見たら残念でたまらない。知るほど従順するにもたりない時なのに福音を知識としてしか追求しない虚しい妄想は捨てなければならない。

攻撃に対しての代案は絶えない神の愛
愛を押し出して、その代わりにあるどんな美しさも、知恵も、どんな方法もそれは偽りであり、無意味だ。中世の跡を追っているような今の時代的な危機、教会的な危機、霊的戦争の危機の前で完全な神様の代案は絶えない愛である。<続く>[福音祈祷新聞]
キムヨンイ宣教師(巡回宣教師、LOGミッション代表)

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