今すぐ主を求めよう!

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契約更新(6)

最後に世間に勝つのは信仰である。私たちが頑張って努力する瞬間は失敗するしかないが、自分が無能であると結論を出して、自分に希望がない事実に直面する瞬間に初めて主を心から呼ぶ事になるのだ。私たちの存在自体が揺れる状況の中でも自分を見ないでひたすら主の内に居られる平和を信仰で捕まるのだ。主が行けといわれたら行って、止まれと言われたら止まって、大丈夫と言われたら私たちの状況と関係なく大丈夫であるのだ。

目を上げて最後まで主を仰ぎ見よう。信仰の有一な根拠は私たちにインマヌエルになってくださったイエスキリストである。その主を仰ぎ見るこそ平和と勝利と栄光がある。純粋にイエスキリストを取ろう!福音を取ろう!そして単純な順従を主にささげよう!神は私たちのすべての領域について語ってくださって、同時にすべてを主管する方である。このように主を仰ぎ見る人、お召しについていく人を通じて世間は変化する。

そして神の前で余地なく、思い残すことなく順従しよう。主に順従すること以外の何かをしようとするな。主が‘しろ’と言われたら主が‘私を通じて’なさる事を信じて信仰で進んで行く。これから私たちの弱さをもっと経験するだろう。しかし、そんな弱さを何回も経験してからこそ、自分の可能性がないことを受け止めて。絶対信仰のところに進んでいく事になる。

“今まで生きてきたのは、主の大きい御恵みのためである”時間の経過につれて経験が多くなるほど正しい道に行った理由はひたすら主の御恵みだと言う言葉しか残らないだろう。私たちが計画した人生という道の中でほんの小さい問題も解決できない私たちを見たらすべては結局主の御恵みのためではないか。‘主が捕まってくださるのだろう’と言う漠然とした信仰すら真実な主の御恵みはこのすべての事を成し遂げられた。やはりエベンエセル、インマヌエルの主であるのだ。

だから恐れたり、怖がらない。心配したり、悩んだりしない。主が永遠に私たちと共に居られる。私は主を忘れる時があるが、主は決して私を忘れない。福音に会う可能性が0%である人生で主に会った奇跡が起きたとしたら、これからは人生のすべての瞬間ごとに主の奇跡を経験する事になるだろう。

私たちの人生はひたすら主の御恵みのために生きるこそ意味がある。必ずこの福音が私たちを勝利させる。自分の自己の誘惑と病んだ自己に対する視線だけを引き取ろう。信仰で順従して、御言葉に順従してみよう。主の内で一つになった連合軍がこの歩みを歩んでいくべきである。

しかし絶対忘れてはいけない事がある。信仰の生活は一人でやっていくのではない。一つの身に召された者が天の価値で主の国がこの地に臨むことを共に信仰の目で見上げるのだ。‘私を食べてあなたは生きろ’と言う信仰で生きる者が今の時代にもいる事を私たちを通じて現して見よう。イエスの生命で完全に順従して自分を捧げるこの生き方を見たら主はどんなに喜ばれるだろう。

条件のない連合と仕えで、ただ自分に狂って生きる世間の価値に勝って、時には弱くて間違えた選択をした事も全能な神が善に成し遂げられる事を再び信仰で掴もう。

今結論を出そう!私たちが失敗する理由は何だろう。自分から可能性を探すためなのだ。もともと絶望しかできない者に何の希望を探すのだろう。もともと可能性がなく、資格もない者が自分でないのか。だから今すぐ!主を求めよう!<終わり>

キムヨンイ宣教師 (巡回宣教師. LOGミッション代表)

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