これからは弟を愛して差別しません。

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ソ・ソピョン, ゆっくり平穏に

ソ・ソピョン(E. J. Shepping, 1880~1934,写真)宣教師はドイツ系アメリカ人として、福音に対しての情熱をいだいて韓国に来られた医療宣教師である。未婚の母、孤児、ハンセン病人、ホムレスなどの貧しくて病弱だった多くの人たちのために、自分のすべてをささげて仕えた。彼女の人生を描いた映画、‘ソ・ソピョン、ゆっくり平穏に’を見た10代の子供たちの感想文を紹介する。(編集者)

チェ・ダビデ(12)

体験学習で行った映画館で’ソ・ソピョン’を見た。ソ宣教師はアメリカで神学校に通って朝鮮に対して聞いて心にいだくようになった。宣教師が初めて朝鮮に来た時に撮った写真を見て驚いた。なぜならば写真には健康な人が一人もいなかったほどにハンセン病人が多かったからである。宣教師は看護師だったのでそのような患者さんたちの世話をして、特に幼い孤児たちに仕えていた。

実は宣教師はドイツにいた幼い時に、母から捨てられてお婆さんに育てられた。お婆さんがなくなった12歳の時に一人でアメリカに住んでいる母を探しに行ったが、再び捨てられた。どんなに怖かっただろう。どんな傷を負っただろう。それで宣教師は朝鮮の親のない幼い女子たちを見過ごすことができなかった。自分も愛されなかったのでそのように捨てられた子供たちに仕えたのである。

宣教師は17年が過ぎた後アメリカに帰ってからまたも母を訪ねた。しかし最後までも追い出された。傷ついた宣教師は捨てられたイエス様の御心を悟って主の御心をいだいて朝鮮を最後まで愛した。風土病にかかっていても聖書学校を続けたが亡くなってしまった。

宣教師がなくなってから残されたものを全部他人に渡した。それに臓器までも寄贈した。自分は栄養失調のせいで胃と腸がつぶれるほどの苦しみでなくなったにもかかわらず、すべてを朝鮮に与えたのであった。

宣教師の一生を見て、‘成功ではなくとりなしである’という文が私の心に残った。私には難しいことである。私のいうことを聞かないで遊んでいる弟たちをみるととてもいやだった。病気の人たちを見たら避けたかった。宣教師の人生を見てこんな自分の姿が恥ずかしかった。これからは弟たちを愛して差別しないことから初めて、ゆっくりと宣教師の人生のように生きるようにしようと思った。

2017 I ドキュメンタリー映画 /韓国 I 78分 I

“私も宣教師のような人生をいきたいです。”

チェ・ジュイ(9)

私の名前はチェ・ジュイです。お名前の意味は‘主が成し遂げます’です。すべては主がなしとげます。私はこんなふうに思いました。病んでいるお友達をを見ると、‘私に病気に移されたらどうしよう。’ そしてお友達を嫌がりました。

宣教師のお名前の意味は‘ゆっくり平穏に’です。宣教師は自分の命より他人の命がもっと大事でした。宣教師の人生はとても感動的です。

母から捨てられて私の国の世話をしてくれました。宣教師のおかげで私たちが’愛‘を見つけました。私たちは’福音‘を知りました。自分のすべてをささげて愛していたからです。

私はいま幼くて9年しか生きてないですが、宣教師になってソ宣教師のような人生のようにいきたいです。神様を信じていたお婆さんのおかげでイエス様を信じたように、宣教師のように私もイエス様をよく信じて、病気の人たちや福音を知らない人たちに仕えます。そして天国に行くと宣教師に必ず会いたいです。

[GNPNEWS]

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