伝道すればするほど主が悟らせてくださる御めぐみがあった。

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たまに道端で伝道する人たちに会うと尊敬の目で見て、私とは無関係のことだと思っていた。伝道は成人になってからやれることだと思っていた。しかし私が直接道路で伝道する日が来るとは思っていなかった。

お友達と初めて伝道しに道へ出た。大きな期待があったがドキドキした。週ごとに福音祈祷新聞を道端で配っていたが、イエス様を信じない人たちにイエス様に対して伝えるために出たのは初めてだった。

まずお友達とバスターミナルへ行った。どんな方法で伝道するかを相談した。私が英語で言うと友達が韓国語で通訳しようと意見が決まった。勇気を出して私の人生がイエス様に会ってからどのようになったのか、そしてイエス様をどのように信じたのか語り始めた。

あるおじさんが‘うるさい!’と叫んだ。一緒に行っていた伝道の先生がその方と会話して私は続けた。初の歩みを出した喜びが私の中にあった。

‘私は一週間にイエス様を伝えることに3時間しかささげられないのか’という気持ちになって週末にも伝道し始めた。

人たちの往来が多いところで福音を宣布した。

日曜日に礼拝をささげた後、伝道し始めた。伝道するところは短い区間であったが、この世の歌と服屋さんで満ちたところだった。人たちの往来が多いところだった。そこで弟は福音祈祷新聞を配って私はみ言葉を伝えた。

始めてから少し時間がたってからある青年から愛によらないと指摘された。それにもかかわらず私はあきらめることができなかった。ある時は地下鉄の前でみ言葉を伝えていたが、一人のおじさんが警察を呼ぶよと脅威した。その場で1分ほどもっと叫んでから降りてきた。伝道してこんな経験をするときはもっと宣布しないといけないと思ったりもする。

しかしいつも伝道したい気持ちになるのではなかった。休みたくて礼拝が終わると静かなところで座って聖書を読んでいたり、お友達と交わりたい気持ちになるときも多かった。そんな気持ちになると私が主に約束した決断を主が覚えさせてくださった。

そして伝道する前に弟と神様の御心を求めて祈った。ある日は道路で福音を伝えたときに多くの人たちが過ぎ去った。まるで流れる川のように見えた。よく見える階段の横で叫び始めた。人たちが福音は何なのかと聞いてきた。よく説明できなかったが、挑戦を受けたような気がした。主は足りない者の従順を通して喜んでくださると信じている。

‘イエスは彼らに言われた、「わたしについてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう」。’(マタイの福音書 4:19)

神様が私を次世代宣教師として呼んでくださったとき、これのためだと思った。福音を学んでいつも信じていると告白しているが、実際に主の命令であるこの伝道には従っていなかった。主の御心が死んでいく人たちの魂のために燃えていることを伝道する以前はよくわからなかった。いまもまだわかっていない。しかし伝道をすればするほど主が教えてくださる恵みがあった。その恵みが魂のために祈るようにしてくれて、もっと伝道するようにした。 [GNPNEWS]

ジョン・ガレップ(ヘブロン原型学校)

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