イエス様が私のために死んでくださったことを信じない事が間違いでした。

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2015 再び福音の前に

小学校3年から高校3年前の次世代青少年たちがダビデ隊に編成されて福音の前に立った恵みの現場。今回の2015年の大会で神様は私をそのグルップのリーダとして呼んでくださった。大会に参加している中、私は門の前に来ている主に出会った。

集会の最後日の朝、二人の子供が喧嘩をしていて私にまかされた。事情を聴いてみると4年生の子が5年生の子を足で蹴ったようだ。理由はお友たちをいじめている4年生を5年生の子がずっと止めていたそうである。4年生の子だけを呼んで聞いてみた。

 ‘どうしてお兄さんを蹴ったの?’

 ‘お兄さんも私を叩きました。’5年生のお兄さんは弟を止めるために両腕で足を抱いていたのである。

福音によって話をしてみようと言った。小学生を対象に行う宣教訓練、祈祷訓練をうけたのになぜそうしたのかと聞いてみた。急にその子は、自分が信仰を持ってないからそうしたと答えて大泣きした。その泣く姿に悔い改めたと思った。これ以上罰は要らないと思って、収まってからなぜ泣いたのかと聞いた。予想外の答えだった。

罪人である自分を認めることができなくて

 ‘認めることができないからです。私がお兄さんを叩いたのは正しいし、実はお兄さんは間違ってないです。しかし自分が間違ったのを認めることができないです。’その子との論争が始まった。

 ‘ではあなたは罰をうけるしかないね。’

 ‘罰をうけますよ。’反省の気は全然ない態度だった。

 ‘こんな態度のままならばここにいても、豊かな福音の中にいても、地獄に行くしかないよ。’どんなに話をしても改める気はないように見えた。

 ‘ならば罰をうけますよ、そうすると認めるようになるでしょう。’言う言葉がなかった。お母さんを呼んでくるようにと言って、最後に言いたいことはないのかと聞いた。

 ‘イエス様をどうふうに信じますか?’またも大泣きした。その前で私も泣くことができなかった。しかし胸では涙でいっぱいだった。再び質問をした。

 ‘ここに空気があるというのをどうして信じるの?’

 ‘ただ信じます。’

‘それはあなたが事実だと思っているから信じることでしょう?’

‘そうです。’

 ‘そうしたらあなたがイエス・キリストの働きを信じないのはどうしてかな?あなたが信じないことではないのかな?あなたが間違ったと認めないこと、福音を聞いても実在にならないこと、2000年前にイエス様があなたと共に死んで再び生き返ったことをあなたが信じたくなくてそうではないのかな?’続く質問の末に子供はまたも泣きだした。

本当の戦い、福音は実在なのか

 ‘実は私が間違えていることを知っています。お兄さんが私に勧めてくれました。しかし先生が言う時に自分の間違いを認めたくなかったです。私も自分の心が悪いのを分かっています。’子供も福音を知っていた。しかしその福音が自分に実在になれなくて苦しんでいた。

 ‘しかしわたしが気付いたのはひとつあります。私は事実を事実として信じないことです。イエス様が私のために死んでくださったことを信じないことが一番間違いでした。先生、すみませんでした。’子供も私も沢山泣いた。

11歳の子供が福音の内容を聞いて自分に実在になれなくて悩んで葛藤することができるのか。次世代の子供たちは大会の間ずっと自分の実存と福音の間で死にそうな葛藤を感じていた。

その後子供たちは礼拝の時間に静かにすること、先生の言葉をよく聞くこと、いたずらしない事と喧嘩もしない。子供たちの戦いはこの福音が自分たちに実在になるのか、ならないのかの戦いだった。子供たちがとてもかっこうよかった。

子供たちの葛藤は耐えがたい苦痛を産みだしていたが、それを見て神様が来られる音を聞くようになった。一歩一歩近づいてくる主の足音を聞いたのである。マラナタ![GNPNEWS]

李ジョンヒ教育宣教師

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