パパ、ママと一緒にお祈りと礼拝をささげる時、子供が変わった。

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私が所属している宣教団体は6カ月ごとに宣教師たちを再配置している。チームが変わるたびに慣れた所を発って新しい所へ行くことはドキドキしているが、そうだからもっと主を期待するようになる。

2年以上訓練センターがあった田舎の生活を整理して、ギョウギ道へ引っ越しを準備しているとき、主が子供たちに対してのホームスクールに対しての心をくださった。一旦始めたが、いろいろと不安になった。自信がなかったが、従順する一歩歩めば主が道を開いてくださって知恵を与えてくださると信じた。

まず御言葉と祈祷に集中した。9歳から7歳、5歳の息子、二人の娘と一緒に朝礼拝をささげて、午後2時にパパとママと一緒に世界のために祈る24・365祈祷をささげた。始めてから間もなく私たち家族には喜びが溢れていた。

子供を対象にしている一週間の信仰訓練過程である王の友たち学校に行っても変わってなかった息子が、パパとママと一緒に礼拝して祈って変わり始めた。いまは毎日礼拝して祈ることは当然な日常になった。子供たちからはいつも賛美が流れていて、‘人形遊び’のかわりに信仰の王姫‘エステル遊び’をしている。

御言葉と祈祷でホームスクリングを始める

時には礼拝と祈る時とは違ってどんな言葉にも従順しないすがた。約束したことをしないでずっとあそびたがる子供を指導しながら‘どのようにすれば子供たちの心に動機を与えて約束を守らせるのか’と悩んでいる。しかしそんな子供の姿が自分の姿だと気付く。こんな私に忍耐して悟らせるために話し続ける主のみ心を‘ヤダ’だと知るようになった。

私も主に頂いたように、主の子供たちに忍耐して待って分かるまで話し続けて、愛すればいい事であった。

ある日は息子の物がなくなった。悲しんでいる子供にどんな言葉も通じなかった。そのように悲しんでいる子供の姿に福音を分かち合った。‘これが自分だけを愛する罪人である私たちの姿であるよ。それで私たちはこのまま地獄に落ちるしかないが、イエス・キリストの十字架を信じていけば生きていけるのよ。’

息子はその日の日記にはこのように書いた。‘今日私は大変でした。辛かったけど、喜びの心を私に刻んでください。私がうれしい理由は、サタンに操らなくて神様の御言葉を聞いたからです。他の人たちにもこの知らせが分かればいいですね’

共に主を知って主を愛することは本当に大きな祝福である。この事件は私たちに新しい働きを始めた主がみずから成し遂げて下ったと信じる時間だった。

24・365祈祷の時間にも恵みがあった。アメリカで2歳の子供が遊んでいた銃でパパを死なせた記事を読んで祈った。最後に祈っていた末っ子が‘主よ、再び生き返らせてください’と祈って家族みんなが笑いだした。

しかしこのことは私に新しい信仰の目を開けてくれた。子供のようになるというのはこんなことだった。常識的に起これない事であるので、大人ならば絶対そのようには祈らなかったでしょう。神様は実際に死んだ人を生かす全能なる方である。私の経験と常識では全能なる神様を制限する領域がどんなに多かったか気付いた。

ホームスクールをする時、どのように福音の証人になって子供たちを福音で養育させるか悩んでいた。しかし神様は子供たちを私の真実な仲間として共に主に礼拝をささげて愛して、再び来られる主を待つようにしてくださった。子供たちと共に幸いな行進を始めさせてくださった主を賛美している。[GNPNEWS]

李ジヨン宣教師

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