とても寂しくて主と会話するために日記を書き始めました。

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フランク・ルバク作 | 2014

アメリカのクリスチャン家庭で1884年に生れたフランク・ルバウ(Frank C. Laubach)は16歳で宣教師として献身した。そして1915年31歳にフィリピンで妻と共に宣教師としての人生を始めた。

始めてから7年間彼はフィリピンのミンダナオの島で福音主義教会を開拓した。以後マニラへ移して連合神学校を設立して牧師たちを養成する働きを担当した。

しかし彼の心にはミンダナオ島のムスリムであるモロ族を忘れることができなかった。結局46歳の1930年、15年間働いた地から離れて50万人のモロ族が住んでいるフィリピンの南部ミンダナオの高地のダンサルランへ入った。

当時モロ族はフィリピンのクリスチャンたちを敵として思っていて、現代の文明を受け入れなかった。当然宣教師たちは接近しにくい人たちだった。

そんなダンサルランで彼を待っていたのは、何もできない無力感と酷い寂しさだった。ルバクは始めの何カ月間は妻と子供たちとも離れていて一人でそこですごしていた。中年の年で家族と離れて一人で慣れてないモロ族の言語と生活方式へ入ったその時が、フランク・ルバクの生涯で一番大変な時期だった。

彼は‘とても寂しくて神様と会話しなくては到底耐えられなかった’と告白した。この本は1930年1月3日から1932年1月2日までの記録である。

彼は1月20日の日記に‘私は牧師と宣教師として15年間仕えてきたが、1日中主のみ心に従う人生を生きてこなかった’と記録した。

以後彼は起きている間は休まず、主だけを依頼する練習を始めた。自分自身に対して自由になり、ただ主のみ心に従って主の愛におぼれたいと熱望した。主だけを喜んで、主だけの愛と喜びの交わりを楽しむ原型の姿になろうと努めた。

休まず主だけを依頼する練習

彼はこのように主と同行する人生のために三つを決断した。まず、持続的に主のみ心を追及すること。次は強力な仲介祈祷の実験(主がみ心を成し遂げるのに、自分のお祈りを必要としているのかをお祈りを通して主の能力が現すことを体験)。3番目はモロ族が主の愛を知るようにすることであった。

モロ族の間でどんな言葉も聞けなくて知らないけど、彼らのために祈って彼らの間で主を思って、主と同行してクリスチャンとして生きることがすべてだった。そしてこれらを分かち合える人がだれもいない深い寂しさの中でも、主だけで十分であることを体験した。その実験を通して彼は告白した。‘私はただ門を開いただけです。後は主が全部成し遂げてくださいました’

彼はモロ族の前で本当に謙遜であった。‘私は貴方より知るものがすこし多いけど、そんなに多く知っているのではない。天を動く偉大な存在に比べると私もあなたと違わない小さな人である。’ このようにいつも謙遜なこころが彼の態度と人生で沁み出るまで主は彼の人生で働いてくださった。

彼は究極的な美しさが十字架であり、これだけが主のみ心へ進める唯一な道であると気付いた。初の日記を書いてから1年後である1931年2月10日の日記には‘自ら酷い罪人’であると彼は認めた。

主の前に進み出て、清い主を見上げて主がいなくなった自分の悲惨さに直面するようになったのである。そして再び目を見上げて主と共に死んで再び生きて、これからは主の天の座の右に共に連合していることを経験した。主との神秘の体験とかもっと深い霊性の結果はかならず十字架へと現れることに気付いた。

 ‘主の愛を悟らせるために作ってくださった道具の中で一番素晴らしいのは十字架です。’この十字架の愛を全ての人に知らせて喜ぶようにするために、休まず続けて祈って主を知らない彼らのために情熱をもって燃えるようになるのである。フランク・ルバク宣教師はそのように主と同行してフィリピンでの人生を終えた。

主から離れては生きていけない人。主を見上げないと生きていけない福音。信仰の決断なくては従えない肉親。そのようにいつも主のみ心に従順する者に主はかならず宣教完成を夢見るようにしてくださる。

[GNPNEWS]

ソン・ミギョン宣教師

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