信仰はイエス様を救い主であり、主人として受け入れることである。

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re_122_1_3 a well side福音を受け入れると言うのはイエス様の復活に信仰をもって参加することです。

神様の福音は私たちを行かすものです。十字架の死に信仰をもって参加する者を主はずっと墓の中におかない方です。

死が命になる十字架は神様の逆説的な救いの方法です。十字架の死に参加する者はイエス様と共に復活の新しい命へと生き返ります。

‘すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。もしわたしたちが、彼に結びついてその死の様にひとしくなるなら、さらに、彼の復活の様にもひとしくなるであろう。’(ローマ書 6:4-5)”

イエス様の死によって連合した者はイエス様が復活した時に共に生き返ります。彼の命はキリストと共に神様の中に隠されています。復活は新しい命の中で行われます。復活の人生もただ信仰にとどまることです。

福音を受け入れるというのはイエス・キリストを救い主として受け入れることを意味しています。イエス・キリストを迎え入れるというのは救い主、イエス・キリストを命として迎えることです。イエス様を私の救い主として、また人生のすべての主権を持つ主人として仕えることです。

しかし多くの人たちが信仰に対して誤解しています。罪から救ってくださった救い主としては迎えるが、人生の主人は自分自身であります。しかし救われた者は救い主のために命があるのです。救い主のイエス様ははっきりと私たちの主人です。

迎接は迎えて礼を整えて交わるのを意味しています。これはイエス様を救い主と神様として迎えて、続けて交わって、主に従うことを含めています。イエス様を主人として受け入れる人生は、命を与えてくださった救い主と永遠に交わる幸いであり、神様の原型を喜ぶ祝福です。

“彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。(ヨハネの福音書 1:12)”

[GNPNEWS]

 

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