24時間門を閉めない教会として地域のために仕えています。

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世界と共にする教会を夢見るソン・ヒョンジュさん(平安教会)

そこで言われた、‘神の国は何に似ているか。またそれを何にたとえようか。一粒のからし種のようなものである。ある人がそれを取って庭にまくと、育って木となり、空の鳥もその枝に宿るようになる。’(ルカの福音書 13:18-19)

ソンさんは夫であるイム・ソンテク牧師共に主のしもべとして召されて、2002年ガンナムのある地域で教会を開拓した。自宅兼用の小さい教会に偶然訪れてきたホームレスを一晩寝かせたのがきっかけになって、以後3年間ホームレスに仕えるようになった。

-はじめから救済の働きをしようと準備しましたか。

いいえ、私たちは何の計画もなかったです。ただ主の導きでした。夜遅くに訪れたホームレスを帰すことができなかったです。それで一旦一晩を教会で一緒に過ごしました。夫は寝たあの方の靴下を脱がして洗ってあげました。

夫がそんな面では私より上です。一晩寝たので朝ごはんを食べさせて送りました。しかしその夕方また訪れてきました。そのように何日を続けてきたので、夫と一緒に温泉にも行って来たりもしました。その後段々と多くのホームレスたちが訪れてきて教会で共に過ごすようになりました。

教会に訪れてきたホームレスに仕える

-大変ではなかったですか。

私はただできるところを行いました。私ができることはただご飯を作ることでした。主が望めばご飯だけでも一所懸命しないといけないと思いました。しかしホームレスたちに仕えて、逆にもっと大きな主の栄光を見ました。主は私の小さなうめきにも応答してくださいました。ホームレスたちは大体寝て朝ごはんを食べては出て行きました。日曜日の礼拝にはだれも参加しませんでした。

しかし彼らを食べさせてくださる主を見ました。主が真実におかずを供給してくださったのです。それにホームレスの数が増えるともっと沢山与えてくださいました。いま考えても豊富でした。その時に‘私が何かをできることではなく、主が成し遂げてくださるだろう。それで私がそこにただ留まっていればいいんだ’と気づきました。3年になる年に主は私たちの教会を移しました。そして本格的に私に働き始めました。

-具体的にどんな働きでしたか。

教会を移すとホームレスの人たちが来なくなりました。その代わりに聖徒たちがひとり、ふたり増えました。聖徒たちが増えると聖書の勉強が始まって、私が担当するようになりました。しかし3年間ご飯だけ用意していた私が聖書勉強を始めようとすると、自分の魂の乾きに気づきました。

渇きを解決するために訓練をうけるところを探しました。偶然ある宣教団体で行われている仲介祈祷学校の募集を見ました。それですぐ登録して訓練をうけました。そこで福音を聞きました。福音に関して聞けば聞くほど、もっと福音に対して乾くようになって、結局5泊6日の訓練に参加しました。そこで自分の罪人である実態を発見しました。

福音の前で見た自分は人の評判と認定に左右される人でした。それで教会に出席する聖徒の数が重要であって、表に表される自分の人生の実が重要でした。認められるためにはできないことがない人だと自分にわかった時、十字架の前に出るようになりました。

十字架が私に福音、うれしいお知らせになりました。すっきりした気分でした。そのときが私の人生の転換になりました。たぶんそのときがなかったら、主を喜んでいきることができなかったと思います。いまは聖徒の数も、狭い家も、私の身なりも全然問題になりません。

十字架の福音で明るみをいただく

-主によって本当の平安をいだくようになりましたね。

私はいまだに足りない存在です。福音が能力です。私は時間を決めて行う世界のためのお祈りの時間をちゃんと守れないときがあります。しかしそんな生活とは関係なく、主は私の人生の隅々まで会ってくださいます。他の人は知らなくても、私がうめく時に主が聞いてくださることを私は知っています。

自分の感情も表現します。しかしこんなすべてを主は聞いてくださって、ほんの小さなことまでも覚えてくださってかなえてくださることを経験すると、とても幸せで感謝です。それで主にすべてを委ねます。そうすると本当に楽になります。福音に出会う前にはみすぼらしい教会の姿がまるで自分の姿のように思えました。

またいまはこうでもいつかは偉大になるとの思いで我慢していました。しかし今は感謝の生活を送っています。すべての視線から自由になり、人を立たせるのも、教会のいろんな行事も主に委ねます。主が自ら成し遂げてくださって、この教会を主の御心のままに導いてくださることに感謝しています。

2013年平安教会で10回目のネヘミヤ52祈祷が行われた日、聖徒たちと共に

-主の御恵みによって変わった教会の姿を聞かせてください。

教会には別の行事がないです。全聖徒の夏季集会、洗礼式と聖餐式の以外には行事がないです。特別な理由はないが、特に必要性を感じてないです。そのかわりに必ず1年に4回ずつネヘミヤ52祈祷をしています。一週間に144時間休まず、世界のために祈る時間です。世界のために祈ることは教会が行わないといけないことだと思っています。祈れば祈るほど、世界の教会がどんなに苦難をうけているのかがわかります。

それを考えると私たちはやることがないです。それも一年に4回祈るのがやっとのことです。義のために迫害されている教会の知らせを聞いて、何の反応もないことは不可能なことですね。いまは教会の聖徒たちが同じ気持ちでこの時間を待ち望んで祈っています。特にいま教会で泊まって生活する生徒がいるんですが、その兄弟はこの時間にお祈りの捧げ物として捧げられる特別な恵みを経験しています。

何より世界のために祈る教会

-聖徒たちと共に教会で生活しているといいましたが、いまはどうですか。

現在は兄弟一人だけが教会で生活しています。初めに兄弟が教会に来たのは、礼拝のためではなく食事のためでした。その当時教会の聖徒たちと共に配達サービスをしていました。偶然訪問していたその兄弟の初の印象を忘れません。

大きな体をして黒い服を着て、ヘルメットをかぶったまま来ました。何日間も洗ってないようで、においがひどくて服も汚かったです。まるでホームレスの姿をしていて、一度に5人分のご飯を食べました。

その後何回かご飯を食べるために教会に来ましたが、結局主のみ言葉を食べるようになりました。兄弟は警戒性障害を持っていました。カトリックの寮で住んでいたお兄さんたちからひどい暴力をうけて、結局家出して青少年のホームレスとして生きていました。いろんなアルバイトをして40歳になるまで家もなくすごしていて、私たちに会いました。

また会えないかもしれないと思って、来るたびに福音を述べました。その福音の能力が、いまは主なしには生きていけない人生として、主にすべてを捧げる人生として生きています。それでもまだ不足な部分は多いです。しかしその兄弟は主の子供として自信をもって、毎日毎日を楽しく過ごしています。

町の年寄りを招待して伝道

-これからどんな計画がありますか。

私たちの教会のビジョンはオプン教会です。実際に24時間門をオプンしています。誰でも入れます。それで現在は町に住んでいる65歳以上の年寄りに仕えています。この目的は魂の救いです。

その方たちにこの世で一番いいことを差し上げる喜びと、真剣に福音を聞く姿をみる感激が大きいです。私は主が私たちの教会を、世界を回復させる通路として用いることを望んでいます。また宣教師をお祈りと財政支援を持って支えて、私たちの家庭も主も時になると宣教師として呼んでくださることを望んでいます。

-最後にお祈りの課題がありますか。

主の御心を悟って、早く従いながら生きて生きたいです。この道に従いながら苦難の時間も多くありました。しかしその時間は逆に益になる時間でもありました。主の前で目をさましていて、もっとたくさん主を経験する時間になりました。苦難を通して主を得るとは・・・

これこそ私に一番のよいプレゼントです。主の深い御心まで悟り、主が言う前に従順の歩みを歩めるように祈ってください。[GNPNEWS]

Y.K.

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