愛していました。朝鮮を死ぬほど愛しました。

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李ヨンナン作 | 2007.11.16

この本はイエス・キリストの昇天後、弟子たちと使徒たちを通して福音がイスラエルを越えてヨロッパへ、そして東邦の小さな国である朝鮮まで入ってきた背景を詳細に記録していた。

イエス様は昇天する前に世界に行って万民に福音を伝えるよう命令した。しかし異邦人に対しての初期のユダイのクリスチャンたちの偏見と選民意識は全人類に福音を伝えることにおいて大きな障害になっていた。

しかし聖霊様はベドロと異邦人ゴネリョの出会いを通して、異邦人への宣教の門を開いてくださった。ローマ時代に皇帝崇拝を強要されたクリスチャンたち。ひどい迫害の歴史の中でも福音は決して力を失わなかった。また教会と富と権力で腐敗していたときにも、備えられていた神様の人たちを通して福音は回復して、力強く拡張して行った。

19世紀にはいって福音はヨロッパを超えて、アジア人であるインドと中国、日本へ入った。中国と日本で宣教をしていた宣教師たちによって発見された朝鮮。この時朝鮮は王による鎖国政策によって、門を閉ざして西洋文化を排斥した。1866年ゼネラルショモン号に乗って入ってきて、27歳の若い年で殉教したトマス宣教師を始めて、堅く閉ざされていた朝鮮の地に福音の門が開くようになった。

神様は朝鮮をこのように愛して!そしてその福音によって、この地に命をかけてはいってきたすべての宣教師たちの人生が本を読む時ずっと胸を痛めた。特別に記憶に残る宣教師たちがいた。

医学大学を主席で入学した人材だったが、主の召しによってこの地で一人でも生かすために福音を伝えて病人たちを治して5年目に倒れ、主の胸に抱かれたジョン・ヘロン

宣伝病が多い一番低くて惨めな人たちを生かすために朝鮮に来てたった2年目に伝染病で倒れた医師ジェインス・ホル。息子のショウド・ホルは幼かったし、婦人のロゼタは妊娠中だった。夫をなくした朝鮮であったが、諦めない主の愛によって再び朝鮮に戻った。

まもなく再び娘を失って胸を痛める苦痛の時間を耐えないといけなかった。神様の命令に従順して挑戦を愛したいろんな話はここで止まらなかった。

朝鮮をいだいて数ヶ月間かけて太平洋を渡ってきたが、どうしてこんなに短い人生で終わったのか。これはなんの浪費であったのかとしばらく本を読まず座っていた私に、神様は十字架を黙想するようにしてくださった。十字架の死は全部終わったように見えるが全人類を救った勝利であって、空しく見える彼らの犠牲が神様の時間ではけっして空しい犠牲ではなかった。

十字架の愛の濃度をそのまま生きてきた証人たちの人生が、眠っていた神様の人たちの心に火をつけた。彼らの殉教の血によって朝鮮に対してのお祈りと宣教は続いたし、福音は力強く朝鮮のあらゆるところへ流れ出した。

一本の木さえ育てられなかったこの荒野の地に、神様は自分の命のような人たちを送って涙を流し、種を蒔くようにしてくださった。

 ‘愛していました。死ぬほど愛しました。朝鮮人よりも朝鮮をもっと愛しました’と告白した一人の宣教師の告白のように、宣教師の血は韓国教会の初石になって、韓国は世界宣教師に前無後無の宣教歴史を成し遂げる国になった。

福音に負い目のある韓国、いまは韓国を越えて世界にいただいた恵みを流す時である。この本はすべてのクリスチャンに安全地帯に留まらないといっている本である。

アフリカの地に仕えて祈っているとまるで130年前の朝鮮をみるようだ。未開していた挑戦の回復を夢見て、条件なしで愛していた信仰の先輩たちのように、今日もアフリカと前世界に福音の光が映されるように、そのバカのような愛を今の私に、この民族がするべきである。つまりこの福音に私たちが溺れる順である。マラナタ!

“このみ国の福音は、すべての民に対して証をするために、全世界に述べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。(マタイの福音書 24:14)” [GNPNEWS]

バク・ヒヨン
筆者は宣教師として献身して、現在西アフリカの福音化のために夫である李ギュチョル宣教師と共に仕えている。

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神様の国の復興と宣教完成