真のバカだけが真の愛をすることが出来る

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‘バカ、イエス’という本がある。牧師でありハン・ワンサン元副総理の著書だ。現代教会の十字架がマンモンのお守りのようになってしまった現実を嘆いた内容を含んでいる。

著者は、神の御子イエス・キリストが人間の体を借りてこの世に来られて、当時の権力者たちと怠けている宗教者たちに向けて真理を宣言した姿がこの地上では‘バカ’のようにという意味で本のタイトルを‘バカ、イエス’と付けた。そして真のキリスト教はこの‘バカ’イエスに従うことと言っている。

 それだけがキリスト教と教会が世の光と塩の役割を全うすることが出来るようになるという。福音に対する立場の差異もあるが、その‘バカのように’来られて死なれたイエスによって今日私たちは生きることができて、その‘バカのような’生き様を従うと決断する人々がいる。

だから相変わらずキリスト教は‘真理’であり‘命’なのだ。そのような意味から見ると私たちは‘バカ、イエス’を従うもう一人の‘バカたち’なのだ。映画‘7番部屋のプレゼント’はバカ、イエスを思い浮かべる映画だ。映画を観る前に、知人よりこの映画が福音的な内容を含んでいると聞いた。

しかし、映画が福音的な話を含んでいると聞かなくても、この映画は十分感動的で多くの人々を泣かせる。既に観客1000万名を超えたという。この事実を見ると、人々がどれほど真の感動に乾いているのかが分かる。主人公ヨング(リュウ・スンヨン)は、知的障害(6歳知能)を持っている。

彼はマートの駐車要員として働きながらやっと生活を維持しているが、彼には天使のような娘イェスン(カル・ソウォン)がいる。ヨングは給料日を待っていて、娘に美少女戦士セーラームーンのカバンを買ってあげようとしたが、思わぬ事件に巻き込まれる。そして悔しく児童強姦殺人犯に疑われ刑務所に入る。

世は知的障害を持つ彼の話を信じてくれず、彼は家に一人いる娘イェスンのことが心配で眠れない。そんなある日、7番部屋の別の部屋の助けで娘イェスンを慰問公演チームに偽装してこっそりヨングに会わせる。この過程はどう見てもファンタジー的だ。

だが、それもつかの間、刑務所で共に生活していたイェスンは刑務官に見つけられ、イェスンは再び孤児院に行くことになる。その家庭で息子を失ったトラウマがある刑務官課長(チョン・ジニョン)は、ヨングが真の犯人ではないことを直感的に感じる。

そして、彼の汚名を剥がすために努力しながら、娘イェスンをこっそり7番部屋で生活することを許す。前も言及したが、映画を見ながら主人公はなぜバカなのかという疑問を持つ。しかし、映画を見終わった後、その疑問は晴れた。そう!真の愛は人をバカにさせる。

いや、バカのように自分をすべて捧げることが真の愛と監督は言っているようだ。自分は誰かを殺したことではないが、そうしないと娘が危険に晒されることが心配で、バカお父さんは、自分は死んでもいいから娘を生かせる方法を選ぶ。それから言う。“お父さんの娘に生まれて、本当に良かった。ありがとう!”

私たちが知っている方もバカになった。罪のない方でおられながら、自分の形にかたどった私たちを罪の対価として惜しまずバカになると決意し、バカとして死なれた。その愛で私たちは生きるようになり、子どもになった私たちを向けて今現在もその愛を表している。そしてその人生に同参しなさいと。

 あえてあらゆる所にイエス様を暗示するコード(刑務所の中にある十字架、こどもたちの賛美)ではなくても、私たちはこのすべてのことが私たちの王であって、バカであるイエス・キリストその方に向かっていることが分かる。そしてその愛の前で再び涙をこぼしながら感激するだろう。

現在教会は受難週を守っている。毎年教会で上映している『パッション』(原題:The Passion of the Christ)も感動的であるが、そのような直接的な苦難のシーンではなくても、イエス・キリストの死と犠牲がどのようなことであるか、彼の死によって今日私たちが生きていることを再び確認したい方々へこの映画を推薦する。

(コメディ|韓国|イ・ファンキョン|127分|15歳観覧可|2012) パク・ヨセプ伝道師

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