“祈る場で悔い改める”

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教会で御言葉とお祈りの訓練を始めたばかりのあの時、「祈れ、賛美せ、宣教せよ」とおっしゃった主の御言葉に従順しなかった私は、御言葉のお祈りが必要だと思って自分の中に負担がありました。でも、訓練を続いて私に大きな変化がありました。

隠すことなく罪びとであることを悔い改める

帯状疱疹の続きに交通事故まで、体が痛くて家で祈っていました。御言葉のお祈り会の場面が鮮やかに見えました。私の居場所はあそこだと、その場への思いを注いでくださった神様。

祈れば祈るほど隠すことなく自分が罪人であることを明らかに告白するようになりました。愛すべき人を愛することさえできなかった、誤解を繰り重ねた心の隙間、傷を負って弱くなった自我。言い訳しながら信仰を守れなかった。。。腐っていた私の死んだ魂を明らかにして悔い改めるようになりました。

ピリピの信徒への手紙2章の「よこしまな曲がった時代の中で、非のうちどころのない神の子として、世にあって星のように輝き、命の言葉をしっかり保つ」の御言葉のように、私に命の御言葉を与えてくださって肉体の苦痛の中光の神の子として立つようにしてくださいました。

五ヶ月の病気によって、姑を理解するようになり、さびしい思いもなくなりました。果てない暗闇のトンネルは信仰を守らない自分の死んだ魂から始まったことが分かりました。

全てを愛し、死を迎える姑の告白

八年間癌で戦ってきた姑が呼吸混乱で入院しました。姑の前で自分がよくできなかったことだけ浮かんできました。しかし神様はその日も相変わらずピリピの信徒への手紙4章の御言葉で言いました。

「主において常に喜びなさい。。。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事に付け、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさいそうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう」(ピリピ4:4~7)

 泣いている余裕がありませんでした。自分の心と考えを守れるように祈りました。聖霊の中で信仰を堅く守ることだけを考えて、一日が御言葉とお祈りに満ちていて、早く過ぎて行きました。でも自分の信仰はとても弱くて、姑の死を認めることもできない不安の状態のままでした。

 でも、主は泣いている私に、コロサイの御言葉を通して言ってくださいました。「御父は、私たちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下に移してくださいました。私たちは、この御子によって贖い、すなわち罪の赦しを得ているのです。。。御子は全てのものよりも先におられ、すべてのものは御子によって支えられています。」(コロサイ1:13,17)

姑は巡回宣教団を通して昨年ネパル宣教も行ってきました。「神様の国へ行く自信ありますか心に思い残すことはありませんか」と聞いたら、「愛してるよ、ごめんね、東部教会と忠信教会に伝えて、感謝します、ごめんなさいって。。」 これが姑との最後の会話でした。

 姑はジョンブク大 医大に遺体を寄贈したので、三日臓をしなくて臨終の礼拝と入棺の礼拝だけささげました。こうして、肉を捨て永遠の命と天国への希望を抱いて姑はこの地に残っている信仰の弱い私たちに天国への望みを見せました。

 御言葉のお祈りの訓練の終わりに、主は私の中に伝えてくださいました。臆病な弱い自分だけど、私の中におられるイエス・キリストを信じる信仰を。「いつでも、同じく使え!述べ伝え!」

「神は、私たちの救い主イエス・キリストによって、この聖霊を私たちに豊かに注いでくださいました。こうして私たちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。この言葉は真実です。あなたがこれらのことを力強く主張するように、私は望みます」(テトス3:6-8)

アーメン!主がなさいます!

ギル・ジョンミン 執事(忠信教会)

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神様の国の復興と宣教完成