病んだ自我で死んだ君たちをイエスが「よみがえらせた!」

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ただ!絶対! みんなの福音!(7)

人は神の形で創造された。これは神様の形状を最も完全に表す存在として作られたということだ。それで人は神様を離れては説明できない。神様を去った人、神様の形を失った人間はこれ以上人間とは言えない。

犯罪を犯した人間は神の形を失って罪人になった。罪人の特徴は、霊が死んで神様と永遠な交際が途絶えたということだ。切られたブドウの木の枝のように罪によって神様と永遠に切れた人間を「地上的なもの」と言う。聖書は、すなわち、みだらな行い、不潔な行い、情欲、悪い欲望、および貪欲を捨て去りなさい。(コロサイの信徒への手紙3:5)と言う。改善されたり、直されたり両立することが不可能であるためだ。神様と切れた人間は神様に向かうべきエネルギーがただ自分に向かう。このような人は歪んで病んでいる自分の欲求にとらわれて生きるしかない。地上的なものは淫乱、不正、私欲、悪しき情欲と貪欲である。聖書はその貪欲さを偶像崇拝と言う(コロサイの信徒への手紙3:5)。すなわち、神様を押しのけて自分の満足と有益のために自我崇拝する姿をいう。

だから、この病んでいる自分を愛することは偶像崇拝をすることだ。 聖なる神様に差し上げなければならない敬拝と愛のエネルギーをただ自分に向け、この病んでいる自分を一生自我だと思って「私、私、私」と生きて死ぬことになるのがまさにこのような人々の運命だ。

病んだ自我愛は偶像崇拝するもの

サウルとサムソンとイスカリオテ の ユダ はただ、絶対生きている神様に会ったが、神様に向けなければならないエネルギーを自分に向けて神様に会えなかったすべての普遍的罪人たちと同じようになった。つまりアダムの子孫として来ていくすべての人々の代表になったのだ。

特別な御恵を受けたが、結局失敗した人たちのように普遍的罪人たちが受ける霊的な病気はまさに病んだ自我だ。このように病んだ自我を抱いて、ただ私、私、私と叫んで生きて死ぬ人間の運命を聖書は断固と診断する。

イラスト=イ·イェウォン

「さて、あなたがたは、以前は自分の過ちと罪のために死んでいたのです。この世を支配する者、かの空中に勢力を持つ者、すなわち、不従順な者たちの内に今も働く霊に従い、過ちと罪を犯して歩んでいました。わたしたちも皆、こういう者たちの中にいて、以前は肉の欲望の赴くままに生活し、肉や心の欲するままに行動していたのであり、ほかの人々と同じように、生まれながら神の怒りを受けるべき者でした。」(エフェソの信徒への手紙2:1~3)

君たちは本質的に怒りの子として生まれ、罪で死んだ。しかし、死んだ君たちをイエス·キリストがよみがえらせた! これが福音だ。 (2018年8月) <続き> [福音祈祷新聞]

キム·ヨンウィ

(巡回宣教師、LOGミッション代表)

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