“今はゲームがなくても神様とともにいて嬉しい。”

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私はキリスト教の家庭で生まれました。幼い時からの信仰ですが、イエス様を信じるふりをしながら神様を心から受け入れる事が出来ませんでした。

私が苦しい状況や環境に遭遇すると、イエス様を裏切り、私の思う通りに生きて来た者でした。

神様を信じているが、学校ではイエス様を信じる事を明らかにしないで、給食の時間にはお祈りもしなかったです。目をつぶしてお祈りする時、他の友達が“あなたは何をしているの?”と言われると、恥かしく私のプライドが傷つきそうでした。聖書は読もうとするとすぐに眠くなり、また雑念をし、ゲームを見たら目覚まし一所懸命に最善を尽くしました。親からはゲームをしないで聖書を見なさいと言われると、毎日反抗し私の思う通りにしようとしました。

その通りにならないと不満を言ったり、イライラしたりし反抗をする者でした。弟にも助けにはならずに被害を与え、母が叱ると私のせいではなく弟のせいであると、私が叱られたくないし被害を受けたくなかったので他の人のせいにしました。お祈りをして聖書の言葉を読む時は人の前で大きく聞きやすく良く飾りきれいにして、その次の日は再び昔に戻る罪だらけの者でした。絶対に変わらない毎日同じ生活を振り返しながら生きていました。

そのような私を神様は1期、王の友達学校に呼んでくださいました。そこで福音を知り、イエス様に出会いましたが、私は福音を聞き、十字架に自分自身を死なせる事がとても難しく大変でした。何週間学んだ通りよく過ごしてはまた、再び昔の生活に戻りました。

2期、王の友達学校の時、アウトリーチで教会がドアを開けてくれませんでした。そして、8時間歩いて通った事がありました。その時から主の恵みが何かを学び、神様が許した状況であれば8時間歩くことも従うことに気付きました。体も心も疲れて大変でしたが、従ったら8時間後に神様が宿泊先を準備してくださり次の日また歩かなくても集まりの場所に行けるように牧師先生を通して車乗せてくださいました。

3期、王の友達学校に行っても総体的に完全な福音を聞き傷のない神の愛を学びました。その中ある日、神様は私にこのように話ました。セハ、君が死んだら天国に行く自信がある?と神様は聞きました。その話を聞き、怖くて神様を尊敬するようになりました。なぜなら、地獄に陥り苦痛を受けている私が思い出したからです。

その時から神様の言葉に従いたいとお祈りしました。しかし、従う事は難しく大変な事でした。私はすべてを捧げ神様にお祈りしなかったようでした。神様の言葉に従う方法は私のすべてと全心を尽くしお祈りするしかないと話しました。

今は週末に開かれる光の実り学校で学んだ真理を私の生活に適応してくださるようにお祈りしました。毎日起きるのは大変でしたが黙想をしたら神様が喜びを与えてくださいました。一日の間、大変な時にあると、その言葉が思い出せるようにお祈りしました。火曜日には火曜日の仲介のお祈り会に参加しました。お祈り会に行くことが面倒で行きたくない気分もありますがお祈り情報気になり、北朝鮮の情報も気になりました。私がお祈りしてこの世が神様を信じる事がとてもうれしいです。これからもずっとこのようにお祈りしながら生きていくように祈りました。

毎日十字架に死ねばならないのに、死ぬ事がとても辛かった時も多かったです。本当に福音であれば十分という生活をしねばならないのに、私の姿で生きることが難しいです。私が苦しんでいたら、母は私たちは本当に資格がないのにも関わらず神様が呼んでくだって、神様は私が福音に基づいて生きているから呼んでくださったのではなく、私に福音が必要であるために呼んでくださった事を話してくださいました。私には神様が本当に必要です。

私の生活はそれほど変わったことはないですが、心の変化は多くありました。罪を犯したら良心に加責を感じ、反省し私には本当に神様が必要であるとお祈りします。私の生活にはどんな苦しい状況と困難な事が来ると、心から神様を考えて祈ります。

また主が来るその日まで主を心に留め考え、神様が来るその日を前倒す事を私がするように祈りします。それで神様が私の心に信仰をくださり信仰の不平を言わず、不満を持ちません。

すべては神様の働きだと思います。以前はゲームをしたら気分が良く、楽しかったですが今はゲームをしなくても神様が与えてくださった本当の喜びを感じています。今は神様だけで十分で神様を尊敬し、神様を愛する私になりたいともっとお祈りして行きます。それで私の生活に神様がもっと現れ福音の証人になり、生きておられる神様を伝える自分を作り変えてくださる主を期待します。

イ・セハ (11)

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神様の国の復興と宣教完成