[チェ·ヨナコラム] ガインが何を間違ったんだ?

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音戦争8

「他の武器では私たちがその武器を動かすが、怒りという武器は逆に私たちを動かす。私たちの手が武器を操るのではなく、それが私たちの手を操る。この怒りという武器が我々を握っているのであって、我々がこの武器を握っているのではない」(モンテーニュの随想録から引用)

アダムとハワの間で生まれた最初の息子が「カイン(注:得る)」だ。ハワは自分の妊娠と出産を通じて自分が産んだのではなく、エホバによって生まれたという驚くべき告白をする。

「さて、人は妻エバを知った。彼女は身ごもってカインを産み、「私は主によって男の子を得た」と言った。」 (創世記4:1)

そして彼の弟「アベル」(注:空しい)を生んだ。兄のガインは農作業をし、弟のアベルは羊を飼った。歳月が過ぎて彼らがエホバに供え物をしてあげたという話を私たちはよく知っている。ところがアベルは羊を飼ったから神様が受けられ、カインは土地で農作業するものだから、神様が受けなかったと考える。

なぜなら、アベルが差し上げた羊の最初の子羊と油はなぜかイエス·キリストの子羊が連想される霊的意味があって神様に受け入れられたようで、カインが土地の産物で供え物にして差し上げたことはあまり霊的意味がなくて神様に拒絶されたと考える。 しかし、レビ記に出てくる5大祭司である全燒のいけにえ、素祭、酬恩祭、罪祭、そして愆祭を見ても、土地の産物で差し上げた供え物や、最初の子羊を差し上げた供え物や、全て神様が規定した供え物だ。ただし、カインの供え物が神様に拒絶された理由が聖書には具体的に言及されていないが、神様がカインにおっしゃった言葉を通じて類推してみることはできそうだ。

「もしあなたが正しいことをしているのなら、顔を上げられるはずではないか。正しいことをしていないのなら、罪が戸口で待ち伏せている。罪はあなたを求めるが、あなたはそれを治めなければならない。」(創4:7)

カインが土地の産物をいけにえとしてエホバに捧げたのは、レビ記の祭祀法にも言及されていることから、誤った供え物ではない(レ2:1-16)。しかし、彼が差し上げた供え物において、神様は彼が善を行わなかったと言及される。言い換えれば、カインが差し上げた祭祀には善を行わなかったあることがカインの心に作動して彼の足を引っ張っていたという話だ。それで罪が門に伏せて彼を支配するために隙を狙っていたのだ。カインは自分の供え物がもらえないと、ひどく腹が立って顔色が変わることになる。カインは「怒り」という武器を治めることができなかった。神様は、カインが善を行わないことで、罪の勢力に隙間を与えている人生の領域を治めろと助言される。

「神様の声を聞いた後、カインは自分の罪について胸をたたいて悔い改めたのか?」「違う!!」むしろ弟を殺すために野(注:field)」に呼び出していないのか? 彼が供え物を差し上げながら神様にどのような心を持ったのか、そして弟であるアウアベルに対する心の態度と姿勢において「罪」の問題が彼の足を引っ張ったという事実が本当に残念だ。 [福音祈祷新聞]

チェ·ヨナ宣教師|総神大神学大学院卒。 国際オーエムイスラエル所属。 CCCとYWAM礼拝の導者とリーダとして使役。著書「君が私の栄光を踏みにじった」(奎章刊、2020)に続き、最近これまで私たちが逃して生きてきた「神様の声」を渇望する気持ちで2023年11月<音戦争(伏せ出版社)>を出版した。

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